スラッシュ水素、スラッシュ窒素の特徴
液体水素の密度、 蒸発潜熱は各々水の 1/14、1/5と小さいので燃料電池や宇宙ロケットの燃料として使用する際、貯蔵タンクの容積が大きくなり、また、輸送、貯蔵時の侵入熱による蒸発損失のため輸送、貯蔵効率が低下する。
スラッシュ水素は固体粒子による高密度流体、固体粒子の融解熱を利用する機能性熱流体として優れた特性をもっている*。重量固相率 50 wt.%(温度
-259℃、絶対温度 14 K)のスラッシュ水素の場合、上図に示すように、大気圧液体水素と比較すると密度が15%、気体になるまでの冷却能力(エンタルピ)が18%増加する。
水素分子は2個の原子核(陽子)が各々スピン(自転)しており、同一方向の場合をオルソ水素(o-H2)、反対方向の場合をパラ水素(p-H2)と呼び、オルソとパラの平衡濃度は温度により決まる。下図に示すように、パラ水素体積濃度(vol.%)は室温(300 K)において約25%、大気圧飽和温度(20 K)において約100%である。濃度が非平衡の場合、温度が低下するとオルソ水素がパラ水素となり、蒸発潜熱と比較すると非常に大きな変換熱を発生する。室温の水素ガスを短時間で液化するとパラ水素濃度約25%の液体水素となり、貯蔵時に変換熱を発生するので液体水素が蒸発し貯蔵効率が悪くなる。水素液化機では液化時に変換用触媒を用いてパラ濃度約100%の液体水素を製造し、ロケット用燃料等に供給している。室温以上で平衡濃度(パラ水素体積濃度約25%)の水素をノーマル水素(n-H2)と呼ぶ。
スラッシュ水素を利用すると水素の効率的な輸送、貯蔵が可能になると共に、配管内を流動する際、侵入熱や超伝導線のクエンチ(超伝導から常導状態に転移)による発熱がある場合も熱は固体の融解熱で吸収され、液体の温度上昇と気液二相化が低減される。また、スラッシュ流体の大きな利点の一つとして配管内流動時に圧力損失低減が発生するのでポンプ動力の低減が可能となる。
水素をスラッシュ水素の形態でパイプライン輸送する場合、下図に示すように、大気圧以上で固相・液相が共存する二相状態のスラッシュ水素を利用することができる。
スラッシュ水素は固体粒子による高密度流体、融解熱を利用する機能性熱流体として優れた特性をもっており、水素を高効率に輸送、貯蔵する手段となる
[5-7]。
スラッシュ流体のもう一つの代表的なものとしてスラッシュ窒素がある。当研究所では、固液二相のスラッシュ窒素(-210℃、絶対温度 63 K)を高温超伝導機器の冷媒として使用する研究についても実施している。
重量固相率 50 wt.%の場合、大気圧液体窒素(温度 -196℃、絶対温度 77 K)と比較すると密度が 16%、気体になるまでの冷却能力(エンタルピ)が 22%増加する。スラッシュ水素と同様、大気圧以上で固相・液相が共存する二相状態のスラッシュ窒素を高温超伝導送電や高温超伝導機器の冷媒として利用できる [6]。
* ウィキペディア(Wikipedia)に「スラッシュ水素は、水素の三重点における状態である」とあるが、これは全くの誤りである。液体、固体、気体が共存する三重点は一点のみであるが、スラッシュ水素は固体水素粒子と液体水素が混在する固液二相流体であり、三重点圧力から高圧の圧力範囲で固液二相状態が存在する(下図の固体と液体の赤い境界線上)。液体水素ポンプを使用してスラッシュ水素をパイプライン輸送できる。固体水素は硬度が小さい(柔らかい)のでポンプ羽根車に損傷が無く、ポンプ性能低下も無いことが報告されている。スラッシュ窒素も同様である。